理事長の小室暁です。
2月には東住吉区歯科医師会の学術講演会にて、デジタルデンチャーについてお話しする機会をいただきました。近年、補綴や矯正、インプラントの分野ではデジタル化が急速に進んでいますが、義歯領域でもその波が確実に広がっています。特にここ数年は、診療報酬改定の影響もあり、臨床家の関心が一気に高まっている分野だと感じています。
2025年の診療報酬改定により、総義歯の一部にデジタル技術が保険収載されたことは、大きな転機でした。これまで「一部の先進的な取り組み」と見られていたデジタルデンチャーが、日常臨床の中で現実的な選択肢として語られるようになったからです。保険というフィルターを通ることで、一気に臨床との距離が縮まった印象があります。
ただ今回の講演では、「保険収載されたから注目されている」という話だけではなく、もっと広い視点でデジタルデンチャーの可能性をお伝えしたいと考えました。当院では総義歯に限らず、さまざまな義歯領域にデジタル技術を応用しています。
例えば即時義歯の領域では、デジタルの恩恵は非常に分かりやすく現れます。抜歯前のデータを活用できるという点はもちろんですが、それ以上に臨床的に大きいのは、従来の印象では難しかったケースに対応できることです。動揺が強く、印象操作で抜けてしまいそうな歯であっても、光学印象であれば形態を記録することができます。また、術前の咬合状態をそのままデータとして保存できるため、元のバイトを維持したまま義歯設計に反映できる点も大きな利点です。結果として、即時義歯の適合やかみ合わせの再現性が高まり、術後の違和感軽減にもつながります。
また、コーヌスクローネなど各種アタッチメント義歯の設計においても、デジタルの価値は非常に大きいと感じています。これらは本来、極めて緻密な設計を要する補綴装置であり、わずかな誤差が予後に影響する分野です。デジタルを用いることで、支台歯の形態やテーパー、挿入方向などを多角的に検討できるだけでなく、設計の修正や比較も容易になります。結果として、従来よりも要領よく、かつ精度高く設計を進めることが可能になります。技工士とのデータ共有もスムーズになり、設計意図をそのまま形にしやすくなった点は、臨床的に非常に大きな変化だと感じています。
コピーデンチャーの分野でも、デジタルは力を発揮します。既存義歯をスキャンすることで、患者さんが長年使い慣れた形態や咬合関係をデータとして保存でき、それをベースに改良型の義歯を設計することが可能になります。特に高齢患者さんでは、「大きく変えないこと」が重要になる場面も多く、こうしたアプローチは非常に有効です。
さらにノンクラスプデンチャーにおいても、デジタル化によって設計の自由度が広がります。アンダーカットの評価やフレーム形状の検討をデータ上で行えるため、審美性と維持力のバランスを取りやすくなります。また、データとして保存できることで、将来的な再製作や修理の際にも大きなアドバンテージになります。
このように、デジタルデンチャーは単なる「新しい作り方」ではなく、診療プロセスそのものを変える力を持っています。患者さんにとっては、 “より合いやすく、より早く完成し、やり直しが少ない入れ歯” につながる可能性があります。データが残ることで再現性が高まり、複数の選択肢を比較しながら治療計画を立てることも可能になります。患者さんへの説明ツールとしても非常に有用で、視覚的な理解が深まることで治療への納得感も変わってきます。
一方で、課題がないわけではありません。現時点では、材料の特性上「割れやすい」と言われるケースや、質感や審美性の面で従来法に一歩譲ると感じる場面があるのも事実です。特に審美領域では、最終補綴としてどう仕上げるかは慎重な判断が必要だと思います。
ただ、こうした弱点も工夫次第でカバーできる部分があります。設計段階での厚みのコントロールや、より強度の強いレジンの使用、最終仕上げをアナログで行うなど、デジタルと従来技術を組み合わせることで、実用性は大きく高まります。すべてをデジタルに置き換えるのではなく、「どこをデジタルにするか」を見極めることが重要だと感じています。
講演では、まずは無理にフルデジタルを目指す必要はない、という点も強調しました。従来の印象や咬合採得をベースにしながら、一部工程だけデジタル化する。あるいは技工所との連携からスタートする。そうした段階的な導入でも、臨床的なメリットは十分に感じられると思います。
デジタルデンチャーは、まだ発展途上の分野です。しかし確実に言えるのは、義歯診療の選択肢を広げてくれる技術であるということです。アナログの良さを活かしながら、デジタルの強みを取り入れる。そのバランスの中に、これからの義歯臨床のヒントがあるように思います。
今回の講演を通じて、改めて感じたのは、技術はあくまで手段であるということです。新しいから使うのではなく、患者さんにとって意味があるかどうか。その視点を大切にしながら、これからもデジタルと向き合っていきたいと思います。












